令和元年 7月4日
小牧市民病院 臨床工学科
細野ひかる
1.はじめに
まず私が海外に興味を持ったのは、15年前に地元愛知で世界万博が開催されたのをきっかけに母に誘われ初めて行ったヨーロッパに大変感動した事や、従兄弟が帰国子女であり、海外の大学へ留学したり、海外で働く姿に憧れを持ったのが始まりであった。学生時代、英語の道か医療の道へ進むかで大いに悩んだが、医療の道に進むことを選択した。現在の仕事にやりがいを感じてはいるが心のどこかでは海外に対する気持ちを捨てきれずにいたところ、本ツアーの存在を知っ た。しかし英会話もできず、職場に1週間の休暇許可をもらうのに悩んだ末、何度か行った海外旅行先で、とても親切にしてくれる現地の方へ「Thank you.」としか返せない自分にもどかしさを感じ、「いつか自分の仕事で海外の人の役に立って恩返ししたい」という気持ちがあったのもあり、何かのきっかけになればと思い参加することに決めた。
2.ツアー内容
スケジュール | ||
1日目 | 出国 | |
2日目 | Cleveland Clinic見学 | 毎晩参加者で予演会と交流会 |
ACCE JACE 調印式 | ||
MLB観戦 | ||
3日目 | AAMI学会 講演聴講 | |
JSMIとの食事会 | ||
4日目 | JSMI主催 Tea party | |
JSMIとの食事会 | ||
5日目 | AAMI学会 講演聴講 | |
Cleveland Clinic見学 | ||
6日目 | 自由行動:Niagara Falls | |
7、8日目 | 帰国 |
1日目
成田空港の搭乗ゲートで参加者の方々と待ち合わせたが、恥ずかしながら面識のない方ばかりであり、名刺交換とともにお名前とお顔を覚えるのに軽いパニックになったのに加え、あまりにもラフな格好で来てしまった事に少し焦ったのも事実であった。経由地のワシントンに着くと自分のチケットだけ座席番号がないという嫌な予感が的中し、オー バーブッキングで座席がなかった。ツアー参加者の国際交流委員である井桁さんにご一緒していただきカウンターへ行くと、搭乗まで約一時間しかなかったが、係員に「今から座席譲ってくれる人を探すので大丈夫」と言われヒヤヒヤしていたが、30分後くらいに先ほどの係員が私の顔をみるなり搭乗券をヒラヒラさせながら合図し、無事座席が見つかったとのことであり、安心した。しかしいざ機内に乗り込むと自分の席に男性が座っており、一瞬オーバーブッキングにより乗客が引きずり降ろされたというまだ比較的記憶に新しい事件が脳裏をよぎったが、(この時利用したのも例の航空会社であったため。)奥さんと隣に座りたいので自分の席を変わってほしいと言われ、もらった航空券をみるとなんとファーストクラスだった。しかし人生初のファーストクラスは短距離便であったので、思い描いていた席ではなく、少し広いな、くらいの席であった。余談ではあるが着席後はすぐに爆睡してしまった為、特に機内サービスを受けることもなくクリーブランドへ到着し、タダでアップグレードしたとは言え少し後悔した。空港で長澤さんと合流後、ホテルへ向かいコストコへ大量の買い出し、夕食はステーキを食べに行き、初日からアメリカ感を味わった。
2日目
Cleveland ClinicのGlobal Cardiovascular Innovation Centerと、Clinicの施設見学、概要の説明を受けた。 Cleveland Clinicは心臓分野で全米No1に選ばれた病院でもあり、医師、研修医が5000人、看護師が4万4000人、総スタッフ数は6万6000人も存在し、年間約30万件もの手術を行なっている医療機関である。約56もの建物があり、広大な敷地面積に比べると1300床は少なく感じたが、発電所や検査施設、診療分野ごとに別れている建物やホテルのことを考えれば納得できるものであった。敷地面積は約80万平方メートルということで見渡す限りClinicの建物であり、移動にはシャトルバスなども使われるなど、とにかく広く、驚きであった。約150か国の世界中から患者が訪れ、総患者数は年間約800万人にも上るということであり、そのため病院の敷地内には3つのホテルが建設されていた。(見かけたホテルは高級ホテルのインターコンチネンタル…)また、語学や宗教、文化など世界各国から訪れる患者に対応するサービスコーディネーターや通訳者の設置など、グローバルなサービスも充実していた。さらに国内だけでなく、トロント、アブダビにも Clinicを持っており、2021年にはロンドンにも開院予定とのことであった。敷地内の案内途中には広大な庭のようなスペースがあり、週末にはファーマーズマケットなども開催され、年間で7万人ほどが訪れるとの話もあった。Global Cardiovascular Innovation Centerは医療機器の製品化を目指すための施設であり、お よそ30社の企業が病院の敷地内にスペースを設けて研究に取り組んでおり、ウエットラボなどもあるとの事だった。19年間で600もの製品化をしており、毎年多くのライセンスおよび特許を生み出している。日本の企業も二つあり、(村田製作所とヨコオ)調べてみると、ヨコオに関しては心臓血管用のガイドワイヤーを共同開発したとの記載があった。実際に関連施設の案内を受け、Medical device solutionという15の分野で病院スタッフとして雇用されているスタッフが研究に当たっているとのことであり、beatingで心内を見るスコープ、人工弁、人工心臓の一部などを作成したと紹介があった。また、心臓手術術前の血管や器官など患者特有の構造を知るため1日半かけて3Dプリンターでの作成などもしている。実際に施設内に金属を加工するような大きな機械などもあり、本格的な試作などもできるようになっていた。他にも他職種の医療者や学生向けに技術開発のための教育制度なども設けられており、講座は最短で30分のものから長期で一年単位のものまであった。研究開発を行っている職員への起業のサポートも行っており、現在までに88社もの会社が創立されたとのことであった。Education Institution Centerは数週間前に完成したばかりの建物であり、医師、PA、看護師など他職種の連携を図るためのスペースに使用され、また以前までは死体解剖を行っていたが、最新のテクノロジーを使用し、VRでの解剖を行っているとのことであった。この日の見学で、今までは当たり前に「病院というのは治療を受ける機関」という認識であったが、医療機関から製品を多く開発し製品化していることだけでなく、研究者や開発に対する教育面やサポート体制にも力を入れていたり、そのための施設・設備の充実さに驚いた。また、世界各国から患者が訪れるという規模の大きさに圧倒されるばかりであった。
病院見学を終え、学会会場にてACCEとJACEの提携の調印式に参加した。 詳細は分からなかったが、自国での国内のCE組織の設立、拡大の相互支援や学び合う為の協定であり、米国は日本の他にスペインや中国、レバノン、ペルー、台湾などとも提携を結んでいる。記念撮影時には全員入って!と言われとりあえず映り込んだが、自分の場違い感を感じずにはいられない雰囲気であった。
その後は待ちに待った野球観戦。Indians 対 Yankees戦であり、普段は巨人ファンの私もにわかIndiansファンと化し、トレーナーを購入して観戦に臨んだ。Yankees戦なので田中投手が見られるかも?と思っていたが残念ながら、というかおめでたいことだが第二子の誕生でNYへ…とのことであった。Indiansが勝ち、試 合終了後の花火の規模にも驚いた。始めは感動しムービー撮影をしていたが、終わりかと思いきやまた花火が上がり…を繰り返し、撮影時間が7分になったところでスマホを持っていた手が限界を迎え、撮影を終了した。ちなみにその後もしばらく花火は続いていた。MLB観戦は初めてのことであり、Indiansの選手は誰1人知らなかったが、アメリカならではの会場の雰囲気、盛り上がりに大いに興奮した。
3日目
学会にてglobal sessionの日本の臨床工学技士の業務についてや臨床工学技士制度(臨床工学技士 が国家資格なのは日本が世界で唯一ということを初めて知った)に関するもの、米国と日本の双国 のインシデント報告の現状に関する発表を聴講した。 メイン会場では医学部の教授でありながら技術革新者であるニコラス氏の講演がされており、会場に入った瞬間にまるでアップル社の新作発表会のような雰囲気で、詳細はよく分からなかったがとにかくプレゼン力に圧倒された。イノベーションの失敗を減らし、開発した製品の市場投入ま での時間をいかに短縮するのかというような話であったように思う。 IoTやAIによる技術が医療界に更に革新をもたらすのも近い将来の話であり、幅広い視野で色々な物事に関心を持っていかなければならないと実感した。
ReceptionやAwardにも参加したが、お酒やお洒落な軽食なども振る舞われており、日本の学会では見られないようなパーティーのような雰囲気に異空間さを感じた。
4日目
この日は朝起きると11時半過ぎという脅威的な数字を目の当たりにした。 ツアー参加者からラインや電話が入っており、生存確認される事態となった。午後からは日本医療機器学会主催のtea partyへ参加した。米国の学会やAAMIの役員の方ばかりが出席されていた為大変恐縮してしまったが、その中でもレクリエーションなどを交えながらコミュニケーションを取られている日本の方々の姿に感銘を受けた。3日目、4日目は医療機器学会の先生方と日臨工の関係者の方々、ツアー参加者で夕食に行ったり、毎晩発表者の方の予演会を行い、アドバイスや質問をしたり交流の場となった。ちなみに食事会では本間理事長とツーショットを撮っていただいた。
5日目
午前中は学会のglobal sessionにおいて自作のICUの空床通知システムや遠隔の診療システムによる発表の聴講をした。他にもアプリを使用した診療システムなどの発表もあり、通信を駆使した医療システムに関する演題であった。また、それによるセキュリティーを危惧する質問なども多かった。演題ごとに毎回時間制限により打ち切られるくらいの質問が寄せられ、中には何分間も自分の意見を述べるような方もおり、海外の人の主張や関心の強さを感じた。午後からは再度Cleveland Clinicを訪問し、クリニカルな部分の見学をさせていただけるという事であった。しかし現地に到着しても先方の応答がなく、長澤さんが抗議をしてくださった事で、院内の様々な分野の見学をすることができた。カテ室は全部で8部屋あり、1日に約45症例も行なっているとのことであった。アメリカでは救急外来から病変の開通まで平均約90分とされているが、当施設での先日の症例は18分であったと聞いた。室内の印象としては床に配線などの露出がなく、そこまで広いスペースではなかったが、配管やコンセントがカテ台の下や壁の下部の方に設置してあるのが印象的で、 全体的にものが少なくすっきりとして見えた。カテーテルなどの物品も別の部屋の一箇所にまとめられているとの事であり、一見取りに行くのに手間ががかかりそうだと感じたが、緊急時でも定期症例と同じ数のスタッフの数で治療にあたっているという点や手技の早さからそこは問題ではなさそうだと感じた。次に見学したICUは全て個室であり、IABPなどの補助循環装置や人工呼吸器、血液浄化装置などが多く稼働していた。また、多くの機械をつけながらも患者は覚醒している状態で、スタッフと会話やリハビリをしている姿が所々で見られ、awakeECMOや早期離床の考えが反映されていると感じた。 OP室は17部屋あり、(うちハイブリッドは6部屋)心臓手術は年間4000例以上施行されている。また、世界で初めてCABGや冠動脈造影を行った施設でもある。見学時は3部屋で人工心肺が稼働しており、偶然だとは思うがperfusionistは全て女性であった。 廊下には、プライミングはされていないが既に回路が組んである人工心肺装置が何台か並んでいた。日本では別々の機械である事が多いと思うが、人工心肺装置に心筋保護の装置が組み込まれていることが印象的であった。また、器材庫には多くの回路や人工肺が置かれており、補助循環装置も人工心肺同様に回路組みされている状態で何台か並んでいた。回路の梱包を開けるとついつい滅菌のことを気にしてしまうが、この施設の症数からすれば一日に何個もの回路を消費するので問題ないのだろうと考える。 手術室の廊下にはKAIZEN boardが置かれていた。KAIZENとは昔日本の方が出版された本が世界中で翻訳されて広まった考えであり、トヨタの生産方式を象徴するものとして広く知られている。このボードは単に改善のアイディアを紙に書いて貼っていくだけでなく、それを共有して続けていく方法や、改善した出来事をどのように維持するのかなど段階的に項目を追っていけるようになっていた。アイディアが書かれたメモがたくさん束ねられており、実際に改善したであろうもののBefore/afterがいくつか掲示されていた。私の職場環境においても改善すべきところが多くあるが、多職種間での口頭での共有、維持の難しさや期間を決めずに滞ってしまっている案件があるのを実感しており、目でわかる形で取り組んでいる姿勢を見習いたいと思った。 ヘリポートも見学させてもらい、3機のヘリと2機のジェットを所有していた。機器管理の分野では地下のような広いスペースにいくつかの個室に別れて、多くの機械が並べられていた。DVT予防ポンプが100台以上あるように見えたが、手術症例が多いことが関係しているのだろうと推測できた。しかし、これだけの大病院だと患者の回転も早く、離床も術後早めに行っているだろうという印象を持っていたので、ポンプの使用頻度は少ないのではと考えていた為実際の術後管理が気になった。院内の機器は装置に貼付されているQRコードにより管理がなされていた。他にも定期点検の日程や点検者の名前などが記載されたラベルも見られた。(次の点検スケジュールが2019/04となっていたのが若干気になったが。) これだけの分野を見学できただけでも大変貴重な経験ではあったが、今回アテンドしてくださった方はガイドの方であり、実際のCEから話を聞ける機会があれば良かったと思う。
ツアーも残り1日となり、最終日は自由時間ということで若手参加者で観光したいところを考えることとなった。調べた結果、車で片道3時間もかかるが、ナイアガラの滝に行きたいと思った。しかし長澤さんへの長時間の運転の負担を考えると後ろめたさや、ツアーでお世話になったのに更にお願いするなんて図々しい、他の方々がそんな遠くまで行きたくないのでは?など色々な感情が重なり自分の意見をはっきりと押し通すことができなかった。きっと長澤さんは私のそんな部分を分かってか、主張のチャンスを与えてくださったにも関わらず、自分の言葉で伝えられず、結局話し合いでクリーブランドの観光をしてはどうかという事になった。ナイアガラの滝に行けないということではなく、周りの方々が影では私たちの希望している観光ができるように後押ししてくださっているという優しさに答えられず、そんな自分が悔しくて自然と泣けてきてしまい席を外した。そんな中でも私の元に来て、「自分の意見を自分の言葉で言わないと伝わらない。それに長澤さんはみんなが楽しむのを一番に考えてくれて、その為なら惜しまない、そういう人なんだから!」と後押ししてくださる人がいて、もう一度長澤さんに自分達の意見をお伝えし、ナイアガラの滝へ行くこととなった。
6日目
朝からナイアガラの滝へ向かった。私のナビのナポンコツさが浮き彫りとなったが無事目的地に着くことができた。目の前に圧巻の滝が現れた時には、単に景色に感動しただけでなく、快諾してくださった長澤さんはじめ、サポートしてくださった皆さんの暖かさ、4人の若手で一緒に悩みあった事、色々な思いが込み上げてきて、来てよかった、最高だと言葉にならないくらいの感動を覚え、本当に本当に、私にとって一生の忘れられない思い出となった。感動の連続で、顔に思いっきり水を浴び、目も腫れている写真映りが最悪な事もどうでも良いと思えるくらいだった。
ナイアガラの滝を存分に堪能し、結局ホテルに着いたのは夜中であった。 次の日の早朝に帰国であり、自分の最終的なパッキングなどに気を取られていたが、ホテルに 帰ってからもまだまだみんなの為に動いてくれている方々がいた事を知った。楽しんだ後は自分 のことで精一杯になっていた故に周りの事が見えていなかった部分、コミュニケーション不足な 部分に不甲斐なさを感じた。そんな中で長澤さんとの別れの時となり、感謝の気持ちと最終日の 反省の気持ちが重なったまま挨拶をしたが、大丈夫大丈夫と肩をやポンポンと叩かれ、長澤さん の優しさに泣き顔で旅を終える事となった。
3.最後に
今回のツアーに参加し、こうして振り返ってレポートを書いていると、臨床工学技士の立ち位置や 臨床での役割、日本との手技の違い、機器の管理方法など多くの疑問が湧いてきて更に海外の医 療事情について詳しく知りたいという気持ちが大きくなった。しかし、同時にアメリカはなんで も最先端!というイメージがあったが、日本に興味を持っている海外の方もたくさんみえ、日本 独自の制度や臨床の進め方をしっかりと理解し、大切にしていくべきだとも思った。また、アメリ カでご活躍されている長澤さん、日本で臨床工学技士という枠組みを超えた多方面でご活躍され ている皆様、企業や技術者の皆様、色々な方々と交流して、いかに自分が毎日目の前の仕事をこ なしているだけになっていたかを実感し、大きな刺激を受け、そして日本の事を英語で発表された 方の姿に憧れを持った。今回初めてツアーに参加をし、何もわからない私に本当にたくさんの 方々がサポートしてくださり、皆様の偉大さを感じた。1週間本当に楽しく過ごすことができ、最 高の経験と勉強と思い出になった。この経験を必ず活かせるよう、頑張って行きたいと思う。
今回このような経験をさせていただき、長澤さん、日本臨床工学技士会の方々、関係者の方、参 加者の皆様に深く感謝いたします。ありがとうございました。
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