AAMI eXchange 2026 日本初のMichael J, Miller HTM Scholarship Awardに選奨されて

矢吹 真菜

日本初のMichael J, Miller HTM Scholarship Awardに選奨されて

東京科学大学 医歯学総合研究科 矢吹真菜

 

 学部時代からの夢だったバネラ長澤駐在員アテンドのこのツアーに念願かなって参加し、嬉々として長文のレポートを書いたその翌年、まさか今度は日本人として初めて、AAMI foundationからMichael J. Miller HTM Scholarship(以下スカラシップ)を受けてAAMI Exchangeに行くことになるとは思いませんでした。改めて、選んでくださったAAMI Foundationの皆様や、奨学金を教えてくださった心優しいAAMI members、バネラ長澤駐在員、また国際交流委員会の皆様に感謝申し上げます。

ということで、今回もバネラ長澤駐在員から再び命を受けて、筆を執りました。今回もその時々の記憶ノートという名の数々の頼りないメモや、現地での日記、頼りなさすぎる記憶を基になるべく詳しく書きました。長くはなりますが、ぜひ最後までお読みいただき、制度について知っていただくとともに、海外活動への励みになりましたら幸いです。また、この記事を読んでご自身も応募したい、エッセイを見てみたいなどのご要望がある皆様は、どうぞ遠慮なくyabukimanacchi@gmail.comまでお問い合わせください。

昨年の出会い、そしてまさかのJACEツアーに参加できない⁈

 昨年のAAMI Exchangeでのこと、AAMIからの奨学金があるということを知った。この奨学金、なんと$3,000の奨学金のほか、来年のAAMIは招待扱いとなり、現地への旅費や宿泊費を出してくれるという。しかも表彰式ではCEOから様々なものをもらっている。なんだかよくわからないけどすごそうだ。(と、去年の手帳につけた日記には書いてある)

 そんな奨学金があることはつゆも知らなかったので、来年行くときに申し込むかはともかくも、何か参考になればと、さっそく奨学金給付の母体である、AAMI foundationのブースに向かった。そして、そこでやっと必要書類や金額などについて審査員の先生から直接伺ったところで改めてそのすごさに思い至った。

曰く奨学金やアワードには様々な種類があるが、基本的に共通して必要なのは、在籍証明書や成績証明書とエッセイ、推薦状2通だそう。推薦状2通はいまだかつてない数だ。さすが推薦状の効力が大きいアメリカである。倍率も聞いたが、だいたい100人以上が応募するらしいので、2025年は受給者が20名なので5倍強ということらしかった。しかもそれで最多と、授賞式では言っていた。

その場で、「日本人の受給者はまだいないよ!」と聞き、「じゃあ私が最初の受給者としてデンバーに帰ってきますね!HAHAHA!」と返したが、これは完全にリップサービス、あるいはジョークだったか。直後に自分の勝利倍率の弱さに気が付き「無理だって。大学院の入試、2.5倍を勝ったのが過去最高の勝利できた倍率だし」と思っていた。

数カ月して、国内の学会の日程が出始めたその時、なんと衝撃的な事態が発覚した。帰国後の学会が三つも重なったのである。さあどうしようか。こうなると帰国を早めなければならず、日本臨床工学技士会のツアーには全日程では参加できない。その時にスカラシップのことを思い出した。もしもスカラシップが取れたら都合がつけやすいのではないか?倍率とかは申し込まないと始まらないし、去年バネラ先輩にあんだけお世話になって、最後プレゼント渡そうと思ってたら忘れたし。うん。やるしかあるまい。もう一度デンバーへ行こう!

そんなわけで、「そうだ!今年はAAMIに招待してもらおう!」とナイスなひらめき(なのか?)により、スカラシップに応募することにした。

スカラシップ申し込み

 そうと決まればまずは「どこに応募するか」である。奨学金やアワードには様々な種類があるので、まずはAAMI foundationのホームページにアクセスし、それぞれの奨学金やアワードについて概要を確認するのがよい。参考までに私が応募した、Michael J. Miller HTM Scholarshipはこんな感じである。

資格

入学または在籍のフルタイム大学生(大学院生含む);入学見込み者も応募可能。

認定された大学やカレッジで医療技術職(生体医工学、生体医用機器技術、電気、機械、または臨床工学の学位)を目指していること

2026年度末時点でも対象となる学術プログラムの現役学生と見なされる

連続した受給も可能

大学およびプログラムを除名された場合には、受給者は助成金をAAMI財団に返還しなければならない

応募に必要な資料

奨学金申請書(オンライン入力)

短いエッセイ、500〜700語で、ヘルステクノロジーの職業への適性、キャリア目標、患者安全推進への献身、学術的な強みを説明するもの

学業成績を示す最新の成績証明書

教員やその他の専門的な知り合いからの推薦状2通

奨学金受給者は、奨学金資金が配分される前に履修証明(在学証明)の提出を求められる

審査プロセス

提出締切:1月中旬(具体的な日付は年によって異なる)

選考および通知:応募年度の6月1日(またはそれ以前)に通知

発表および配布:プロフィールがAAMIのホームページや資料に掲載され、3000ドルの奨学金を受け取り、カンファレンスに招待される。会議に参加する場合は、奨学金とは別に会議登録、ホテルの宿泊費、旅費の手当がある。

応募する先が決まったら、まずは推薦状である。一通目はすぐに決まったが、二通目がなかなか決まらない。そしてここでも、「そうだ、国際委員!彼らならば何か策があるかも!」と再びナイスなひらめきにより、ぶしつけにもメールさせていただく。いろいろあったが、無事ご記載いただけることになり、推薦状セット(略歴書、推薦書草案)と私が呼んでいるものを英語で作成し、お送りした。無事に推薦状を記載いただけ、推薦状はそろった。

 私が記載するエッセイには、この間のAAMIの皆さんの歓待に大変心が温まり、次はこの関係を維持する立場に回りたい、とかそんなことを記載した。なぜ臨床工学技士になったのか記載する項目もあったが、今でこそこのように楽しくやらせてもらっているが、初めの理由はあまりぱっとしたものではないのでかなり筆が重かった。普通は就職活動などで訊かれるから、ある程度答えがあるのだろう。臨床工学技士としての就職活動を経験しなかった代償を存分に払うことになってしまい、思わぬ反省をした。英文の在籍証明書と成績証明書も取り寄せた。英文証明書は和文のものに比べて時間がかかることに注意が必要である。

 なお、エッセイや推薦状は英語ができなくても最近はAIの助けで素晴らしいものが仕上がる。しかし、通ったら現地へ招待され、様々な人から歓待を受けることになる。審査員の先生方ともお会いする。その際にがっかりされたくなければ、あまり背伸びした英語力にしないのが無難ではないかと思う。

 書類がそろったらオンラインフォーマットに入力し、該当の書類を添付する。入力はほとんどが基本情報なのですんなりできた。これまで様々な申請書や助成金に応募してきたことも幸運だったかもしれない。あとは結果を待つばかりだ。(2026年1月の日記より)

結果が来るまでと到着の瞬間

 申し込んだらほとんど結果のことは忘れていたように思う。共同研究のセットアップが忙しすぎたからだ。あと単純に学位申請用の論文も忙しかった。目の回るような忙しさの中、3時間の睡眠で目覚めた4月の頭のまさにその時、Eメールのフォルダの中にいる結果が目に入ったのである。

 太字で Congratulations!と記載されているのは、こうした睡眠不足の人々向けの配慮であろうか。夢かと思った。5回くらい見返した。でもどうやら夢ではないらしい。バネラ先輩に報告したら大いに喜んでくれた。ただこの段階でもまだ夢のようだった。

夜になってやっと、「手続きについて記載されているし夢じゃないはず」ということで手続きをしてみることにした。

結果到着後のfoundation側への手続き

 結果到着後はすぐに手続きをとる必要がある。その内容は下記の通りだ。

・情報登録フォームへの入力

・担当者にバストアップの写真と自身の名前をボイスメモに録音したもの、経歴書(CV)を送る

・財務書類の記載

・手配してくれるホテルの部屋について希望を連絡

 財務書類は未経験だったのでウェブの海に存在する記入例なども見ながら慎重に記載した。結果的に無事に5月頭に奨学金が一足先に振り込まれ、一安心する。(もし海外からの奨学金や助成金、賞金を受賞する場合の財務書類の記載例については、下の通り。下の写真は個人情報を消除したものである)

 この時記載するフォームには盾に記載する所属や名前の欄もあった。去年の授賞式でもらっていた「様々なもの」の正体が1年ぶりに明らかになった。なお、財務書類に次いで、地味に大変だったのは「仕事で使っているバストアップの写真」だった。意外と撮影してないもんなんである。そして慌てて撮っても、あまりいい写真が撮れない。「去年のキャリアブースの写真は、こういうことだったのか!ちゃんと化粧して撮ればよかった~!」と後悔するも後の祭りであった。解像度指定もあるので、解像度をあげるソフトウェアなどで既定の解像度まで調整して提出する。(この辺りは皆さんお手の物だと思う)

 それから地味に驚いたのは、ホテルの部屋の希望の例に当たり前のように「アクセシブルルーム」の記載があったこと。応募要項に「人種や肌の色、ジェンダーや障害の有無に関係なく採用します」とあったが、こんな細部にまで当たり前のように障害配慮の記載があることに驚いた。さすがは自由の国アメリカである。(薬を実際にもって行くのは少し大変だが)

現地へ飛ぶ準備

 現地へ飛ぶ準備は、選考結果が出るのが渡航1カ月前である都合上、選考が出てからするよりは、ある程度事前にすませたほうがいい。個人手配で行く場合、慣れていないと航空券の手配やホテルの予約、学会の登録だけで本当に時間がかかる。あと、万が一希望の便がいっぱいだと、カンファレンスを会期いっぱいまで楽しめないということもある。

特に、費用の面からも少なくとも交通機関だけは確保しておいた方がよいだろう。近年は円安が深刻だが、早く予約(できれば半年前)すればまだ安めの金額で渡航できる。私の場合はすでに別件で国内奨学金を給付されているなどの事情で問題なく飛べることは分かっており、結果発表前に支払いまで済ませてあった。このおかげでAAMIからの旅費給付の上限額をほぼ超えることなく渡航できた。

 ホテルについてはAAMIが手配してくれるので、結果が決まるまで待ちたいが、あとから空室を探す労を思えば、キャンセルチャージがかからない宿を抑えるのが賢明だろう。私の場合は、キャンセルチャージがかからない宿を抑え、予約してあった宿をキャンセルした。部屋の希望はシングルルームで出したが、キングサイズのベッドがある部屋にアサインされた。うれしい予想外である。

会議の参加費は事前に会議の登録をすませてあってもあとで返金を受けられる。余談だが、4月に受賞が決まってすぐに会議料の返金手続きを行った際のAAMIからのメールで「See you next month!」とあり、会議への時間が意外とない事実に気が付いた。だからこそ、これらの忠告である。

 ESTAを申請したことがない、または期限切れの方はESTAの申請ももちろんお忘れなく!私は去年申請していたので問題なかったが、今回は行きがカナダ経由(諸般の事情により……)なのでeTAを追加で申請した。これはカナダ版ESTAであり、申請も似たようなものだ。

 私の場合、今回は国内学会に帰国後そのまま向かうので、その旅程の調整もある。トータル11日間のパズルみたいな旅程が組みあがった時の達成感は半端ない。

表1:私の旅程

1日目出国機中泊日付変更線を超えてカナダへ。
2日目カナダからデンバーへ。AAMI Exchangeのレジストレーション
3日目AAMI Exchange
4日目AAMI Exchange
5日目AAMI Exchangeロサンゼルス経由で帰国
6日目入国羽田泊
7日目途中医療機器学会(千葉)参加後、小児神経学会(宇都宮)へ
8日目小児神経学会(宇都宮)
9日目小児神経学会(宇都宮)
10日目生体医工学会(仙台)
11日目生体医工学会(企画セッション)仙台から自宅へ

加え、スカラシップやアワードの受賞者は表彰式がある。学会自体はカジュアルでよいが、今回は表彰式のための「服」が必要なのである。去年はすごく派手だったなあ……などと思いをはせる。しかし私には服もセンスもない!最終的に母に教えを請い、日本の「学生」と言えばやっぱり袴!というアドバイスで袴一式を修士の卒業式以来で引っ張り出した。だが、袴が毛でできたものなので重い!加え、某フリマサイトで800円という破格で仕入れた着物(これも素材はとてもよかった)がこれまた素材の良さのせいで重い!このままでは航空機の重量制限が怪しいので、ポリエステルの袴をあつらえ、着物は袴の着付けに合わせて着丈を短く加工した。パッキングの際にも、着付けは自分でできるものの、着物は紐一本たり忘れ物があると着られないのでこれまた綿密なチェックをする。それから去年あまりにも恥をかいたので、帰国後速攻買ったパーティー用のワンピース。そのまま国内学会に行くのでそのネームカードも。去年と同じく大荷物だ。いや、去年以上か。

会期の一週間前には公式発表も出て、AAMIからも「日本からは初めての受賞者です」との一文が添えられる。誇らしいやら恥ずかしいやら。しかし、その時添えられたメールによると現地のパーティーや授賞式のアナウンスは数日前に来るとのこと。えええ、私、会期二日前には機内ですが。どうなるんでしょう。ちなみに出国前日もなお、メールは来ず。これはカナダに降り立った瞬間にメールチェックするパターンだな、と覚悟を決める。まあとりあえず、現地であいさつなんかはしないといけないからな……ということで、三分程度のスピーチ原稿も準備した。

会期は目前に迫った。直前で一番いいレートで外貨に両替するのもお忘れなく(私は忘れた)。人生で初めて着物一式を海外に飛ばす緊張感は計り知れないが、いざ、USA!

いざ現地へ!1年ぶりのUSAはどうだ⁈

 学会会期中の詳細な様子はバネラ先輩の達筆な文章にお任せして、ここでは主に受賞者がどういう感じなのかを記載したい。

[1日目]

 日本での患者会にオンラインで参加した後、朝イチの便で乗り継ぎ先のカナダ・バンクーバーからデンバーへ向けて飛ぶ。

余談だが前日にカナダで一泊した際は、入国審査官から「何日カナダへいるの?」と訊かれ、「2 days」と答えた瞬間、「そんなに短いの?」「最終目的地は?」「アメリカに着いたら何するの?」「アクセプトレターを見せなさい」と質問攻め。入国審査は審査官によっては質問攻めにあうことになるので、渡航される際にはアクセプトメールのコピーか、授賞式招待の場合は受賞のメールを印刷し、紙で持参することをお勧めする。会場至近の空港に一度ついてしまうと、それらしい人はみんな学会参加者とみなされてスムーズに事が進むのだが、時々トランジット先で足止めを食らうことがある。

図1:バンクーバー空港。自動誘導だ。
図1:バンクーバー空港。自動誘導だ。

 ちなみにカナダからアメリカへ向かう場合、アメリカへの入国審査はカナダで行う。出国審査にしては滞在期間を訊いてくるし、「妙だな……」と思っていたところ、小さなアメリカの国旗を発見。入国審査らしかった。

デンバーにつき次第まずはホテルへ。しかしここでちょっとしたAAMI側との行き違いにより、宿泊日が前日からになっていたことで、no show(到着なし)になっていたことが発覚する。「再度予約を取り直さないといけない」と言われたが、招待された身であり自分で手配ができないことを伝え、フロントで交渉。交渉が難航しそうなときはあえて、「I am invited Ph. D candidate from conference, so I can’t reserve myself」とPh. D学生であることをあえて前面に押し出すことも、研究者のステータスが確立している欧米ならではの処世術である。もちろん交渉が成立したならば、「I really appreciate to your kindness, thank you!」としっかり賛辞を伝え、握手した手にほんのり多めのチップを忍ばせるのもお忘れなく。チップ文化に慣れていない場合が多いが、郷に入っては郷に従えということであるので、事前によく学習しておくことと、ピン札をくしゃくしゃにしておくことをお勧めする。(ピン札だと慣れてない感じがしてダサい!)私は今回羽田のトイレの個室でくしゃくしゃにして持って行った(そっちの方がダサい?)。

結果的に交渉が成立し、無事に予定通りに泊まれることになった。そしてまたこの時の受付嬢は大変な仕事をしたのではないかと思うが、その後大いに気にかけてくれ、滞在中のよき味方となってくれた。いきなり予定外のハプニングであるがこういった出会いも旅の醍醐味である。(と同時に転送されてきた予約時のメールは伝えた予定通りになっているかしっかり確認を!)

図2;やっとのことで部屋に入る!交渉成立、この部屋!早くも達成感。
図2;やっとのことで部屋に入る!交渉成立、この部屋!早くも達成感。

カナダで買い占めたメープルシロップが重たく、いったん部屋に置いて身軽になってから会議場へ。すぐにレジストレーションを行い、ネームカード一式をもらう。すぐにネームカードにリボンをつけて飾り立て、昨年以上にロングなものの出来上がりである。

図3;クマがお出迎え。グリズリーは出会ったらめちゃくちゃ危険らしいが、こいつは………?
図3;クマがお出迎え。グリズリーは出会ったらめちゃくちゃ危険らしいが、こいつは………?
図4;このポーズ、たぶんダメなやつだ……。
図4;このポーズ、たぶんダメなやつだ……。
図5:毎年恒例Tag。この後JanetにScholarship winnerのリボンをもらって無事完成。
図5:毎年恒例Tag。この後JanetにScholarship winnerのリボンをもらって無事完成。

次にアワード受賞者の顔合わせをした。様々な国の方が集まっていたが、フライト時間は私が最長のようである。Foundationの責任者であるJanetにも「よく来たね!」と歓迎してもらった。みんなでワイワイ自己紹介をして、昨年同様テープカットへ向かった。テープカットの後はエキスポを楽しみ、二杯もコーラを飲んで(なぜか二枚チケットがついていたから)お腹を膨らませてホテルへ帰宅。翌日以降のパーティー詰めの日々に備え、荷物を整理した。

[2日目]

 二日目はまず朝から、Key noteと授賞式へ。授賞式は自分も明日その舞台に上がるわけであるので、(しかもリハーサルは直前な上、英語が母語ではないので)見て流れを覚える必要がある。授賞式では同じく日本人でアワード受賞者となる吉岡淳さん(余談だが推薦状も記載していただいた)が堂々と舞台に上がっており、「おめでとうございます!」と同時に「いやーさすがだな」と思いながら拍手を送った。Key noteは研究に通じるところであったが、日本人の賛否は分かれるであろうとは思う。(このことは夜にも連日話題になる)

 昼ご飯は今年はランチボックス形式。相変わらず大きい。美味しいけど大きい。私の場合、だいたいスナックは日本へのお土産となり、クッキーは翌朝の朝食となる。午後はエキスポを見て……とまあここまでは省略してバネラ先輩に譲る。バネラ先輩の娘さん顔を見て、「うーん、お肌がバネラ先輩譲りの美肌だなあ」などと思ったが、口には出さない。ACCEのブースではSulyの激しいハグと歓待を受ける。「彼女は去年初めてAAMIに来て、今年はスカラシップ生なのよ!すごいわ!最高!」と非常にほめていただく。ちなみにアメリカはハグと握手の文化である。なかには激しい握手をされることもあるのでご用心(特にリウマチや腱鞘炎の方)。去年は握手のたびに手がちぎれそうだったが、今年は万全の状態で楽しんだ。手の間接の状態は万全にしての渡航をお勧めする。

一日の終わりにはFoundation donorと奨学生の交流会がある。ここでは順番に紹介され、「告知のオオトリはそのままなのか?」とハラハラしながら待つと、やはり最後にAAMI FoundationのJanetから「AAMI and JSMI have long relationship, and she is the very first scholarship winner from Japan!」と紹介いただく。拍手をされ、記念撮影をされ、この段階で自分に向けられる拍手としては過去最長のような気がした。ここではdonorの皆さんやAAMIの関係者から中には就職のお誘いなどもいただいた。特に最初にテーブルを囲んだSodexのCEOは私のことをこれまた「彼女はお気に入りだ」などと述べてくださる。

その後他の参加者も集う、AAMI Partyへ。ラッキーストライクというボーリング場(私は何がラッキーなのかよくわからないくらい負けたが)でボーリングをする。

図6:アメリカどころか日本のボーリング場も久しぶり。今年はパーティーを攻略したと思ったら、毎年新しいハードルが……。
図6:アメリカどころか日本のボーリング場も久しぶり。今年はパーティーを攻略したと思ったら、毎年新しいハードルが……。
図7:もちろん負けています。
図7:もちろん負けています。

とりあえずルールも分からないし、ボールの重さがポンド表記なので間違えてつかむとそりゃあ重い。その後向かいのメキシコ料理屋で舌鼓を打った。地味に初めてのメキシコ料理。ピリッと辛くておいしい料理である。

図8:メガサイズ?いいえ。普通サイズです。もはや高いのか安いのか。
図8:メガサイズ?いいえ。普通サイズです。もはや高いのか安いのか。

それにしてもここまで会う人あう人にCongratulations!とお祝いされ、しかも一回会っても再会したらまた祝ってくれるので「もうこんなに祝ってもらうことってなさそう……」と割と本気で思っていた。

[3日目]

 さて、いよいよ授賞式本番である。朝から袴の着付けをして、まずはリハーサルへ。リハーサルへ行くまでも、街中や会議場で、着物だからかかなりの人数に声をかけられる。舞台袖から順繰りに(スペル順で)並んで、名前を呼ばれたら出ていく。最後の立ち位置はメンディングで印がつけられている。

 最終確認が終わるといよいよ袖の控室の中へ。控室には水が人数分おかれており、リラックスした雰囲気で待つことができる。さすがにみんな緊張の面持ちであったが、舞台に上がると様になった表情を見せるのはさすがアメリカ人といったところか。

 舞台に立つと5000人の聴衆がぐるっと見える。バネラ先輩が写真を撮ろうと(ビデオだった)しているのも見える。とうとうガラスの天井を破った!この景色だけは、ある意味生者(winner)のみに与えられた特権であるので、今後受賞される方は目に焼き付けておいてもらいたい。

図9:授賞式直後。肥田さん、バネラ先輩と。
図9:授賞式直後。肥田さん、バネラ先輩と。

 授賞式が終わり、Key noteが終わったら、certificationをJanetからもらい、プロのカメラマンに記念撮影してもらった。そして、Janetから「あなたJSMIのメンバーよね?今日のJSMIのtea partyに招待されている?」と訊かれ、「いいえ、もし行けるならぜひ!(待っていました急なパーティー!)」ということで急なご招待にあずかった。

 しかし若干tea partyまでは時間がある。エキスポもすべて見た。加え、今回はまだアメリカン・スーパーに出かけていない。そこで、前夜のラッキーストライクからほど近いアメリカン・スーパーマーケット(注:ただのスーパーマーケット)に出かけることにした。日が高いうちなら安全なことも多いので、大通りを選んでアメリカン・スーパーマーケットへ向かう。今回も無事に日本では高いコーヒーや、日本人に大人気だったがコロナ禍で撤退してしまったブランドの品、そしてアロハシャツを買う。(余談だがこのシャツは大変不評だった)

その後ホテルで再び着付けをし、tea partyへ。何と美代先生らご一行が雅楽や空手を披露するということで、和服の日本人が一堂に詰めかけ、大変見ごたえのある景色になった。予期せぬうれしい偶然である。この日本人集団にアメリカの皆様は大喜び!お互いにとって思い出に残るpartyとなった

さらに「女性のHTMパーティーが夜にやるから来て頂戴!」ということで、会期中4件目のパーティーへ。さすがにいったん着物を脱いで私服になり、これまた多くの方とお話しする。昨年も見知った顔もおり、様々な女性陣と語り合っていたところ、Armyの女性陣2名に「この後飲みましょう!」と誘われ、なんとその場でラッキーストライクの下にあるバーに出かけることに。ちょっとかっこいいな=と思っていたところだったので、行けてよかった!

図10:こういう急な出会いも旅の醍醐味!共通の話題があれば話も弾みます。
図10:こういう急な出会いも旅の醍醐味!共通の話題があれば話も弾みます。

「去年VA hospitalを見学した」という話をし、「日本とアメリカの機器選定の違い」について熱い談義を交わし、酒が進めば議論も白熱。「そういえば最初のkey noteどうだった?私はもう感動したんだけど、日本人から見てどう思う?日本人はVAやArmyという組織がないから、なじまないのかな?」と訊かれ、「日本人はculturalな違いはあるけど、研究をするPh. D candidateとしては、研究に向かう姿勢はあのように前向きでなければいけないと思う」「ただ、日本のHTMでPh. Dまで進む人は極端に少ないし、教育課程で研究をしないHTMもいるから、研究の理念として理解するのは難しいかもしれない。でも臨床でも大事なことだから、こうやってお互い話し合って、いいところを見つけて、変わっていきたいよね!」と情報交換。「あと、日本にはアメリカのair forceやnavy baseがあるから、実は横須賀などではarmy やnavyになじんでいる人も多いんですよ!」とも紹介。全員大いに喜び、楽しんで帰宅した。帰宅直後には「you win Ph. D, please contact me after the defense」と言ってもらい、「OK, I will, if I get it」と伝えたところ、「ifじゃない!willよ!」と勢いよく励まされたのも忘れられない思い出である。

ホテルへ帰宅すると、日本に台風が近づいているとの知らせが。急遽翌日の参加は切り上げて空港へ急ぐことにした。乗り継ぎのロサンゼルスでは、なんとカワイのストリートピアノがあり、乗り継ぎ迄タイトだがどうしても弾きたいとむずむず。なるべく短めの洋楽を……と聖者の行進、マイケルは行く(Micheal row the boat)、You are my sunshineを3曲続けて弾いた。空港職員や乗客の拍手喝采で、耳コピの習ったことのないピアノは成功裏に幕を下ろし、音楽は国境を越えていった。期せずして海外のストリートピアノデビューを果たし、台風の中きりもみ着陸で帰国した。

図12:日本のメーカーに海外で出会えると嬉しい気持ちに。
図12:日本のメーカーに海外で出会えると嬉しい気持ちに。

最後に~あきらめる理由を探さないことが大事~

 ここまでで、「私には無理だ」と思った方がいたら、どうか最後まで読み進めてほしい。私は決して優秀ではない。学部時代の成績、研究業績、臨床経験、どれをとっても、突出したものはない。

しかし今回の奨学金応募に当たって、「あの舞台に上がっている人は選ばれし者で、私は……」とか、そんなことは少しも思わなかった。応募するって言ったからにはやってみるか、くらいの気持ちだった。もしも「自分なんか……」と思っていたら、そもそも話を聞きにブースまで行かなかったはずである。

やりたいことを見つけるのは想像以上に難しい。幸運にして見つかったなら、まずは「目標ややりたいことを簡単にはあきらめないこと」を強く推奨したい。あきらめる理由以上に、チャンスはすぐそこに転がっている。まずはチャンスを逃さない、つかむ姿勢を大事にしてもらいたい。

 もちろんすぐに海外渡航が自分に合うかを見極めるのは難しいと思うので、相変わらず初めての国際会議だという人に向けた私の意見は、「まずは日臨工のツアーに参加して、自分の目で確かめてほしい」である。このツアーの最大の魅力は学会の魅力を言葉の壁を感じることなく全力で楽しめる、ということだ。去年参加して、国際会議に自力で何回か旅程を組んで出かけた私でさえ(だからこそかな?)、なんて恵まれたツアーだろうと思った。ある程度の自立は必要だが、一人での渡航と比べると安心感が違う。あと、いったん現地文化を解説付きで堪能することが、どんなにかけがえがないかは言わずもがなである。

ただ、その先に研究活動をしたい、あるいはもっと国際会議を見たいということであれば、やはり何とかして言葉の壁を破ること、自分で旅程を組める(そして渡航手続きができる)ことは必須スキルである。また国内でも自分自身で助成金を引っ張ってこれる能力がある、というのは時として自身の身を救うことになる。(このAAMIの直前に私はまさにそれを実感することとなった)また今回のように、旅には突発的な事態は欠かせない。その際に最終的に自分を救うのは、現地文化を知ったうえでの勇気だ(語学力は不問とまでは言わないが、昨今は意外と何とかなる)。そのあたりを付けるにはまずは経験と自信が必要である。

特に海外へ行きたいとなれば、この円安のご時世であるし、どう頑張ってもお金の問題は付きまとう。もちろん応募に際しては様々な不安がおありだろうし、そうでなくても渡航手続き自体が煩わしいので(私はいまだ苦手である)そこにさらに追加の手続きとなると腰が重くなるのは致し方ない。そして必ずしも奨学金や助成は受けられるわけでもない。あきらめる理由を探す方がずっと楽ちんである。だが、申し込まねば始まらないのもまた、事実である。何より誰だって初めてはあるのだから、様々な話を聞き、金銭的な事情で夢をあきらめることなく、したいことをかなえてほしい。そうしてかなえた夢は、きっと一生の宝物になるはずである。少なくとも私は自分で飛んで、自分で見た舞台からの景色はきっと一生忘れない。

最後に改めて、AAMI Foundationの皆様や日本臨床工学技士会の皆様に感謝申し上げる。

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