1. はじめに

2025年6月24日、米国ニューオーリンズに位置する米国退役軍人省(VA)ニューオーリンズ医療センターにおいて、ヘルスケア・テクノロジー・マネジメント(HTM)部門に関する施設見学を行いました。本報告書は、同施設のHTM部門の組織体制、運営、最新技術の導入事例、病院全体のシステムインフラ、および施設運営哲学に関する見学を通じて得られた知見をまとめたものです。

 

アメリカのVA病院とは、退役軍人医療行政局 (Department of Veterans Affairs – VA) が運営する病院のことです

退役軍人医療行政局 (VA) は、アメリカの退役軍人に対して医療サービスを提供している機関です 。VA病院は、このVAの管轄下にある病院で、退役軍人の健康管理、治療、リハビリテーションなど、幅広い医療サービスを提供しています

AAMI eXchange 2025年 6月 22日 の講演で、VA病院がAmbiFiという新しいプラットフォームのパイロットプログラムを数ヶ月かけて構築したこと 、また、VAニューイングランドのHTMマネージャーであるアシュリー・オマラ氏が、このAmbiFiの展開について説明されています

2. ヘルスケア・テクノロジー・マネジメント(HTM)部門の概要

VAニューオーリンズ医療センターのHTM部門(通称:バイオメディカル・ショップ)は、多岐にわたる技術的サポートを担う中核部門として機能しており、その専門性に応じた組織体制が構築されています

2.1 チーム構成と専門分野

HTM部門は、以下の専門チームで構成されています

  • 電子技術者 (Electronic Technician): PIVカードリーダー、自動ドア、院内テレビなど、施設インフラに関連する電子機器の保守・管理を担当しています
  • 一般バイオメディカル機器サポートスペシャリスト (General Biomedical Equipment Support Specialist – BEST): 人工呼吸器、バイタルサインモニター、生理学的モニター、輸液ポンプなど、臨床現場で日常的に使用される一般的な医療機器全般を担当する典型的な「バイオメド」の役割を担っています
  • 画像診断技術者 (Imaging Technicians): CT、MRI、X線装置など、高度な画像診断機器を専門に扱っており、これらの機器に関する特別なトレーニングを受けています
  • エンジニア (Engineers): サービス契約の管理、大規模なプロジェクトマネジメント、その他管理業務など、より管理的・計画的な役割を担っています。現在、多くのエンジニアが放射線腫瘍学関連の分析装置やモニターの導入といった個別のプロジェクトに従事しています

2.2 搬送ロボットの導入

当院では、物品搬送用のロボットが導入されており、HTM部門がその管理を担当しています 。これらのロボットは主に薬局からの薬剤搬送 、検査室への血液検体などの搬送 、栄養科からの食事搬送に活用されています 。現状では患者の搬送は行われていませんが、将来的にはその可能性も視野に入れられています 。ロボットはWi-Fiとマッピングシステムを利用して施設内を移動し、エレベーターの制御とも連携しています

2.3 人員構成とキャリアパス

HTM部門のエンジニアリングチームは、以下の役職で構成されています

  • 部門長(Chief BME): 現在空席となっています
  • 監督職(Supervisory BME): 2名が在籍しており、そのうち1名が本講義の担当者でした
  • 特別プロジェクト担当(Special Projects BMEs): 2名が在籍し、大規模プロジェクトの立ち上げなどを専門としています
  • システム担当(Systems Biomedical Engineer): 1名が在籍しています
  • スタッフレベル(Staff Level BMEs): 6名の定員に対し、現在1名のみ在籍しており、3名が空席となっています
  • TCF(Technical Career Field): 2名が在籍しています 。これはVA独自の2年間の研修プログラムで、研修生は施設で実務経験を積んだ後、正式なバイオメディカルエンジニアとして他のVA施設へ配属されます 。デンバーのVAに異動したGavin氏もこのプログラムの出身者であるとのことでした 。VA職員であるため、空きポジションがあれば比較的容易に他のVA施設へ異動することが可能です

2.4 採用条件

VAで働くための必須条件の一つに「米国市民権」があります 。これは採用プロセスの初期段階で確認される事項であり、現時点ではこの規定に変更の予定はないとのことでした

2.5 報告系統とチームの役割分担

HTM部門は、専門性に応じて大きく二つの系統に分かれています

  • エンジニアサイド: 講義担当者である監督職BMEがこの系統を管理します 。ネットワークチーム(電子カルテと医療機器のインターフェース担当) と電子技術者チーム(テレビ、ドア、バッジアクセスなどを担当) が監督職BMEに報告し、監督職BMEは部門長(現在は代行)に報告します
  • 技術者(BEST)サイド: 別の監督職BESTがこの系統を管理します 。一般BEST(ICUや外来クリニックなどを担当) と画像診断BEST(X線、MRIなどを担当) が監督職BESTに報告し、その監督職もまた部門長に報告します 。最終的に全部門からの報告は部門長(Chief of BME)に集約される構造となっています

2.6 給与体系(GSスケール)

VA職員の給与は、連邦政府の一般職給与表(General Schedule – GS)に基づいて定められています

  • バイオメディカルエンジニア: 最高到達レベルはGS-12です
  • サポートスペシャリスト(BEST): 最高到達レベルはGS-11です 。ただし、画像診断やネットワークなど高度な専門性を持つBESTはエンジニアと同じGS-12となります 。GSスケールは数字が大きいほど給与が高くなり、最高はGS-15です 。ただし、医師などは別の給与体系であり , VA職員の給与は米国大統領の給与(年間約40万ドル)を超えることはないという規定があります

3. 循環器部門(Cardiology)の現状と課題

循環器部門、特に電気生理学検査室(EPラボ)は、現在、施設が直面する大きな課題の一つとなっています

3.1 EPラボの設備と更新計画

当院のEPラボは8室の手術室(OR)と6室の特別処置室(うち2室がカテーテルラボ、1室がEPラボ)で構成されています

  • 現行システム: 2016年に導入されたPhilips社製のバイプレーン血管撮影装置「Allura FD20/20」を使用しています 。マッピングシステムはCardo 、一部にBoston Scientific社の旧式システムも存在します
  • 課題: 循環器科の責任者から、現行のアブレーションシステムやマッピングシステムが旧式化しており、安全に使用できないとの声が上がっています 。このままでは年間45万ドルに上る症例を外部施設に委託せざるを得なくなり、大きな損失となる見込みです
  • 更新計画: 機器を一度に購入するのではなく、Abbott社とリース契約を結ぶ方向で検討しています 。この契約では、年間10万ドルを支払うことで、2年ごとに最新のシステム(Insight XP Experienceを予定)にアップグレードされる予定です 。これにより、長期的なコスト削減と技術の陳腐化防止が期待されます

3.2 機器のライフサイクルと予算編成

当院は2016年に開設された比較的新しい施設ですが 、多くの主要な医療機器も同時に導入されたため、10年のライフサイクルが目前に迫っています 。その結果、施設全体の機器がほぼ同時に更新時期を迎え、予算編成に大きな課題が生じています 。一度に1〜2台の機器を交換するのではなく、施設全体の更新を計画的に進める必要に迫られています

3.3 循環器関連システム

循環器部門では、Philips社製品が多く採用されており、システム間の連携が重視されています

  • 生理学的モニター: 特別処置室の血行動態(Hemodynamics)モニターは、最近Philips社の「Xper」に更新されました
  • PACS: 循環器用の画像保管通信システム(PACS)にはPhilips社の「IntelliSpace」を使用しており、現在アップグレードを計画中です 。放射線科ではCarestream社のPACSが使用されていますが 、将来的にはIntelliSpaceに統合され、よりユーザーフレンドリーなインターフェースを目指しています

3.4 機器選定プロセス

医療機器の選定は、臨床側の医師とHTM部門のエンジニアがチームとして協力して行われます

  • 医師の要望: 循環器専門医などが、臨床的に必要とする機能や性能を提示します
  • エンジニアの評価: HTM部門は、その要望が技術的に実現可能か、既存システム(PACSなど)と連携できるかなどを評価し、技術仕様書を作成します
  • 契約: 最終的に契約書を作成し、調達プロセスを進めるのはHTM部門の役割です 。このように、臨床側の意見を最大限尊重しつつ、技術的な観点から最適な機器導入を実現する体制が整っています

4. 病院全体のシステムとインフラ

VAニューオーリンズ医療センターでは、業務の効率化と標準化のため、複数の先進的な情報システムが導入・運用されています

4.1 電子カルテ(EHR)システム

  • 現行システム: VA専用に開発された「Vista」という非常に古いコーディングベースのシステムを使用しています
  • 次期システム: 全米の多くの医療施設で採用されているCerner社(現Oracle Health)のシステムへの移行が計画されています

4.2 医療機器管理システム(CMMS: Maximo)

VA全体では統一されたCMMSは存在せず、地域(VISN – Veterans Integrated Service Network)ごとに異なるシステムが使用されています 。当院が属するVISN 16(テキサス、アーカンソー、ミシシッピ、ルイジアナ)では、IBM社の「Maximo」が採用されています 。将来的には、全米でNuvolo(ServiceNowベース)への移行が計画されています

  • サービスリクエストと作業指示: 臨床スタッフはMaximoを通じて、機器の不具合(例:「バイタルサインモニターのデータがアップロードされない」)をサービスリクエストとして送信します 。監督職は、そのリクエスト内容に基づき、担当部署と担当技術者を割り当て、技術者は自身の作業キューで指示を確認し、業務に着手します
  • 作業履歴とナレッジ共有: 技術者は、作業内容(例:「再起動した」「ソフトウェアを更新した」)を時系列で詳細に記録します 。これにより、作業の進捗管理や、非効率な手順の特定が可能になります 。全ての作業履歴は資産(機器)ごとにデータベース化され、過去に同様の不具合が発生した場合、その時の対応履歴を参照することで、迅速な問題解決が可能となります 。ベンダーの報告書や校正チェックリストなども添付ファイルとして保存でき、監査時の証跡として活用されます

4.3 リアルタイム位置情報システム(RTLS)

2023年9月に導入された新しいシステムで 、院内の医療機器の位置をリアルタイムで追跡します

  • 機器追跡と資産管理: 各機器にはRFIDタグ(MXナンバーと紐付け)が取り付けられています 。院内に設置されたアクセスポイントや「バーチャルウォール」を通過する際に位置情報が更新(15分ごと)され 、院内マップ上に表示されます 。これにより、輸液ポンプなど紛失しやすい小型機器の捜索が容易になり 、予防保全(PM)の実施率向上に貢献しています
  • 使用状況分析の可能性: RTLSは、機器が特定のエリア(例:病室)にある時間を「使用中(In-Use)」として記録し、稼働率を分析する機能を持つとされています 。例えば、「輸液ポンプの稼働率が25%しかない」といったデータを基に、次回の購入台数を適正化することが可能になります 。ただし、この使用状況分析機能はまだ本格的に活用されておらず、現在は主に資産追跡のために利用されています 。また、機器の電源ON/OFFを直接検知するのではなく、場所に基づいて「使用中」と判断する仕組みです

4.4 手指衛生監視システム

当院は、手指衛生のコンプライアンスを監視する新しいシステム「CenTrak」のパイロットサイトの一つです

  • スタッフは個人を特定しない番号付きのバッジを装着します
  • 病室の出入り口に設置されたセンサーが、スタッフの入退室と手指消毒の実施を記録します
  • これにより、「看護師547番が手指消毒をしなかった」といった個人を特定する形ではなく、「施設全体の手指衛生コンプライアンス率」としてデータが収集され、感染対策の改善に役立てられます

5. VAヘルスケアシステムの概要と施設運営

VAは全米最大の統合医療ネットワークであり 、その一員として当院も独自の運営哲学を持っています

5.1 VAの規模とネットワーク

  • 施設数: 全米に1,380の施設を展開しています 。内訳は、医療センター(当院のような大規模病院)が170施設 、外来クリニックが1,193施設です
  • 対象者: 910万人の退役軍人に医療サービスを提供しています
  • 特徴: 各施設はそれぞれ独自性を持っています 。当院はデンバー、オーランドなどと並び、最も新しいVA施設の一つです

5.2 災害時およびパンデミック時の対応

  • 自然災害時: ハリケーン・カトリーナのような大規模災害が発生した場合、退役軍人以外の人々も受け入れる「セーフハウス(避難所)」としての役割を担うことができます 。ただし、治療は退役軍人が優先されます
  • COVID-19パンデミック時: 一般市民の受け入れは行わず、退役軍人のみの対応となりました 。重篤な状態で搬送されてきた非退役軍人に対しては、安定化処置を施した後、地域のレベル1外傷センターであるUMC(University Medical Center)へ転送する体制を整えています

5.3 病院の収容能力と病棟構成

  • 入院病床: 120床(4つのMedSurgユニット、1つのICUユニット24床)です
  • コミュニティ・リビング・センター(CLC): 60床。最大90日間のリハビリテーションを提供する施設です 。一部はホスピスケアにも対応しています
  • 精神科ユニット: 20床です
  • 総収容能力: 合計200床の個室を備えますが、全ての部屋は2人部屋としても使用可能であり、災害時などには最大400人近くを収容できる設計となっています 。これまでのところ、2人部屋としての運用は行われていません

5.4 在宅医療(Home Care)との連携

在宅医療は、HTM部門とは別の「補装具(Prosthetics)」部門が担当しており、HTM部門との連携は限定的です

  • VAの規則: VAが購入・所有していない機器(患者が個人的に持ち込んだCPAP装置や車椅子など)は、HTM部門では修理・保守を行わないという厳格なルールがあります 。これは、機器の初期状態が不明なため、故障の責任問題を避けるためです
  • 補装具部門の役割: VAのベネフィットとして提供される在宅医療機器(貸与品)については、補装具部門が保守・修理の全責任を負います
  • 患者への対応: 退役軍人がVAの推奨する機器以外(特定のブランド品など)を希望する場合、自己負担で購入・維持管理する必要がある場合があります 。VAが患者に修理費を請求することは一切ありません 。個人的な善意で修理を手伝うことはあっても、それはVAの公式な業務ではないとされています

5.5 病院の設計思想

当院の設計は「ディズニーランド」の思想に倣い、患者や訪問者の快適性を最大限に高める工夫が凝らされています

  • フロントとバックヤード: 4階をスタッフや物品搬送専用の「バックヤード」とし 、患者やストレッチャーが一般の廊下を行き来する光景を極力見せないようにしています
  • 静かな環境: 院内放送(インターコム)を使用せず、病院特有の雰囲気をなくし、より快適で安心感のある環境を提供することを目指しています

6. 質疑応答と施設見学

講義後、放射線科、入院病棟、外来部門の見学が行われました

6.1 放射線科

  • CT室: Canon製のCT装置が3台設置されています
  • X線室: 8室あり、うち6室がPhilips製、2室がCarestream製です 。技師が操作するコントロールルームは鉛で遮蔽された壁の向こうにあり、安全性が確保されています

6.2 入院病棟の設備

    • 標準設備: 全ての病室には、ベッド、テレビ、天井走行式リフト、生理学的モニター、壁掛け式バイタルサインモニター(Welch Allyn)が標準装備されています
  • ICU対応: COVID-19を機に、全ての病室がICUとしても一般病棟としても機能できるように設備が整えられました 。これにより、必要に応じて院内のどの場所でも重症患者のケアが可能となっています

6.3 外来部門の構成

  • ワンストップショップ: 眼科、歯科、プライマリケアなど、複数の外来診療科が同じ建物内に集約されており 、患者は1日で複数の診察を済ませることができます 。これは、遠方から来院する退役軍人にとって大きな利便性となっています
  • 色分け: プライマリケアのエリアは「ゴールド」「グリーン」など色で区分けされていますが 、これは機能的な違いではなく、患者を特定の診察室群へ案内するための単なる目印です

7. おわりに

本施設見学を通じて、VAニューオーリンズ医療センターが、退役軍人への質の高いケアを提供するために、いかに組織的かつ先進的なアプローチを取っているかを詳細に理解することができました 。専門分野ごとに細分化されたHTM部門の効率的な運営 、MaximoやRTLSといった情報システムを駆使した徹底的な管理体制 、そして患者中心の施設設計思想 は、現代の病院が目指すべき一つのモデルを示しています。特に、機器のライフサイクル管理やリース契約の活用といった戦略的な資産運用は、多くの医療施設にとって示唆に富むものであったと評価いたします